日本語の記事 (Postings in Japanese)

2019年12月 8日 (日)

ゴールド三馬自転車 「ジャンクそれともお宝 第3回」

I'll be back with another English post soon until then stay trued and happy wheels.

ゴールド三馬自転車連載の「ジャンクそれともお宝 第2回」で予告したように、
今回はこのコールド三馬自転車が昭和20年後半~30年前半の最高級モデルだということを裏付ける詳細を引き続いて見てみます。 

自転車の右側から見ましょう。 
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第2回で自転車前半から中部のシートチューブまで見ました。
先ずチェーンケースから少しずつ後ろへ。
チェーンケースが上下に分かれる、ツーピーススプリットケース

(追記: ペダルは反射板付きなので当然オリジナルではありません。)
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錆がかなり酷い。
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チェーンケースの鳩目に「通産大臣賞受領」誇らしげに刻印。
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錆がチェーンケースの底を完全に腐食しています。 

バッヂは2つあります。
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1個目のバッヂ「Highest Bicycle, Trade Mark, Mitsuuma Bicycle Co., LTD.」
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2つ目のバッヂは「"Mistuuma Bicycle G"」
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錆はかなり酷いですが、オリジナル部品が付いて良いです。
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左側を見て見ましょう。
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前述の右側ペダルと違って左側の方はオリジナルが残っています。
ゴムブロックが結構擦り減っていてよく乗られた証です。
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錆、錆、錆、どこ見てもサビ!
錆だらけだですが、オリジナル部品が残っていいです。
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このような酷く錆びついたネジ類を外すのは相当な苦労。
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右側コッターピンカバーと違って左側の方にはまだ三馬商標が残っています。
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ボットムブラケット(ハンガー)にかすかに転写が残っています。
コッター式のボットムブラケット。
ぱっと見ると、ばらすのに最初にコッターを抜くのではないかと思いがちかもしれませんが、そうではありません。
それをしてしまったら、球椀のネジ山を潰してしまう恐れがあります。
コッターは三日月型なので先に球椀を外してからコッターを抜きます。
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ブレーキはバンド式ではなく内拡式。
これもハイエンドモデル証拠の一つ。
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チェィンケースに油注入キャップが付いています。
キャップを取り外すと簡単にチェーンに油を差しやすい。
これもハイエンドモデル証拠の一つ。
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錆が酷いですが、一応オリジナル金具が残っていていいです。
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「三馬自転車」刻印付きの荷台。
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荷台の後ろに三馬バッジ
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三馬商標
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泥除けステーが錆びていて元の形が崩れている程曲がってます。
しかし、よく見たらこの泥除けステーは上等な英国式泥除けステー。
これもハイエンドモデル証拠の一つ。
残念ながら泥除けステー用の七宝焼きバッヂが欠品しています。
取付用穴しか残っていません。

三馬商標バッヂ
このような七宝焼き製バッヂは実に美術品そのもの

これは、リア泥除けステー用のバッヂと別なバッヂです。
これもハイエンドモデル証拠の一つです。
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反射板
残念ながらレンズが欠品していますが、枠は三馬刻印もあり、なかなか優雅な形をしています。
非常に見づらいですが、反射板を固定している小さなボルトに注目。
ボルトヘッド にも商標に鋳物されています。
前泥除けステーバッヂを固定している小さなボルトと同じ)
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ジャンク?
それともお宝?
皆様の判断にお任せします。
ただし、この連載が終わるまでご判断はお待ちください。

この特級ゴールド三馬號の詳細が、戦後の国産自転車黄金時代の昭和20年後半~30年前半 での最高級モデルだと裏付けています。

次回、Hさんが特級ゴールド三馬號にどのくらい命を吹き込めたか見てみましょう。

2019年11月10日 (日)

ゴールド三馬自転車 「ジャンクそれともお宝 第2回」

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ゴールド三馬自転車連載の「ジャンクそれともお宝 第1回」で予告したように、
今回はこのコールド三馬自転車が昭和20年後半~30年前半の最高級モデルだということを裏付ける詳細を 取り上げます。

自転車の前から見てみましょう。
まず、風切(マスコット)
風雨にさらされましたが奇跡的にまだ付いています。
風切(マスコット)は星の数ほどありますが、こんなに際立って美しいのは滅多にありません。
このカッコイイ風切の新品を御覧になって下さい(←クリック)

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よく見ると微かにフォークが剣先フォークと分かります。
ハイエンドモデルの証拠の一つ。
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ダイナモのバッヂ取付用穴が見えますが、残念ながらバッヂは外れてしまったようです。63_20191008193401

車輪は黒ライン入りリムとバルブ穴の両側に三つ馬商標刻印があります。
これらもハイエンドモデルの証拠の一つ。
また、ハブにグリース注入口付き。
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バッヂは七宝焼き製で実に美術品そのもの
各々色は一つ一つ手で塗ってからオーブンで焼かれたからこそ出来上がり色が豊かで表面が艶々。
バッヂは60年以上前に作られたもの。
自転車は全体的に風雨にさらされましたが、七宝焼き製バッジはまだじゅうぶん光沢があります。

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登録番号がまだ付いています。
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ハンドルをよく見て下さい。
ロッドが内工式です。
これもハイエンドモデルの証拠の一つ。
残念ながら長年風雨にさらされ、握りが腐ってしまいました。
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握り自体は腐ってしまいましたが、ティアドロップ形の金具が残っています。
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三馬の商標が前泥除けステーバッヂに刻印されています。
バッジを固定している小さなボルトに注目して下さい。
ボルトヘッド にも商標に鋳物されています。
(写真をクリックして写真が拡大し、これらの小さなボルトヘッドの商標を確認してください。)
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シートチューブに三馬エンブレム付き。
よく見るとリベットで取付られたバッヂではなく、恐らく「ろう付け」されたエンブレム。
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通産大臣賞受領バッヂ
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シートチューブにまた七宝焼き製バッジ
現代の自転車に見かけない言葉「謹製」が付いています。
「謹製」というのは昭和30年代以前の自転車に見かける言葉です。
国語辞典で調べると「心を込めて、謹んで作ること」と書いてあります。
まさに昭和30年代以前の職人さんを感じさせます。

「謹製」が付いている他のバッヂはこちらへ。
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シートチューブの一番下のバッジ「特級製」。
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ジャンク?
それともお宝?
皆様の判断にお任せします。
ただし、この連載が終わるまでご判断はお待ちください。

次回も引きつづき、この特級ゴールド三馬號 が、戦後の国産自転車黄金時代の昭和20年後半~30年前半 で最高級モデルということを裏付ける 残りの詳細を取り上げる予定です。

2019年10月13日 (日)

ゴールド三馬自転車 「ジャンクそれともお宝 第1回」

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昭和20年代後半の特級ゴールド三馬自転車です。 
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かなり風雨にさらされて壊れて錆だらけでプロジェクトの選択として決して頂点とは言えません。

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しかし、この特級三馬自転車は、戦後の国産自転車黄金時代と言っても過言ではない昭和20年後半~30年前半の最高級モデルだったようです。
次回、その詳細を 取り上げる予定です。

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このブログをよくご覧下さっている方は、山口マルワイ號をレストアしたHさんのことを覚えているでしょう。
この特級ゴールド三馬に一目惚れして、戦後間もなく自転車が現代の自動車として主役でどれだけ工芸品を現代及び後世の方々に
分かって頂くためにレストアをすることにしたとのこと。

錆だらけ。
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長い年月に風雨にさらされた。
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壊れて荒れ果ている。
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一部欠品。
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しかし、よい物は必ず甦る。
腐っても腐ってもまだまだ鯛。
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ジャンク?
それともお宝?
皆様の判断にお任せします。
ただし、この連載が終わるまでご判断はお待ちください。

次回、この特級ゴールド三馬號の詳細を取り上げる予定です。

2019年9月15日 (日)

スタンド類

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海外の若い昭和自転車愛好家・ジョージさんから次のような内容のメールが届きました。

「昭和20年代後半~30年代前半と思われる山口自転車を手に入れたが、スタンドが欠品している。
リチャードさんの過去のブログを検索してみたがスタンド類及びスタンドの違いについて情報が見つからない。」とのこと。

言われた通り、確かにまだスタンド類とその違いという記事は投稿していません。
今回はそのテーマを取り上げます。

一般的には、普通の一本式スタンドを除けば、基本的にスタンドは次の3種類があります。
(左→右)
1. チャネル式のスタンド
2. 箱式のスタンド
3. キラクスタンド

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1.チャネル式のスタンド
紳士用婦人用及び実用車に最も一般的なスタンドです。
バネが装備されて蹴り上げられて降ろしたら立てる状態でロックできます。
主に2種類でチェーンステー取付用とシートステー取付ステー用があります。
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チェーンステー取付用チャネル式のスタンド
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シートステー取付用チャネル式のスタンド
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上の写真の自転車の荷台が小さくてタイヤも細いです。
下記の「2.箱式のスタンド」が付いている自転車写真や「3.キラクスタンド」が付いている自転車写真と見比べれば一目瞭然です。


2. 箱式のスタンド 
この箱スタンドはチャネル式スタンドよりも丈夫で頑丈で実用車にも使われてたこともありますが、一般的に軽運搬車に取り付けられていました。
主にシートステーに取付けられていました。
スタンドの三種類(チャネル式、箱式、キラク)の中で最も珍しいです。
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3. キラクスタンド
最も丈夫で頑丈なスタンドで軽運搬車にも使われていましたが、主に重運搬車用でした。
チャネル式や箱式スタンドと違ってキラクスタンドにローラー装備されたお陰で重い荷物積載してもスタンドを上げ下げできます。
主にチェーンステーに取付けられていました。
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太いタイヤ(2.5吋か3吋)と大きな荷物を運搬するための大型荷台に注目。
運搬車鉄のロバで積載された状態でスタンドの上げ下げを可能にしたのがローラー付きのキラクスタンドです。

今回の記事がジョージさんの参考になれば幸いです。(英文同記事は前回UP済)

 

2019年8月18日 (日)

自轉車 (子供の本 昭和17年出版)

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子供の本「自轉車」です。
真珠湾攻撃から6ヶ月後の昭和17年5月に初出版されました。
自転車関連以外にも、戦時中は子供(少国民)も含めて国民全員一丸となって天然資源を節約しなければならないことも書かれています。

表紙 (旧読み 右から左へ)
自轉車(轉=転の旧漢字)
少国民文化教本 
少国民は死語ですが、第二次大戦までは「小学生」という意味でした。
社法人圖画工作研究所編 (圖=図の旧漢字)
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裏紙
定價=価の旧漢字
65銭 は1円未満の金額計算単位ですが、昭和28年(1953年)の「小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律」 によって発行されなくなりました。現在では利子や為替でしか使われていません。

平仮名で子供のお名前「おかだ たかこ」と上手に手書きされています。
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昭和17年5月27日初版印刷
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当時の本は左から右へに開きます。
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序文
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序文の一部(抜粋)
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バケツが木製の桶

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右ページに三輪車に乗っている子が玩具の銃を背負っています。

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自転車屋

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戦地の兵隊さん

戦争が長引けば長引くほど金属回収が激しくなり、自転車のみならず不要不急線(線路撤去)、お寺の鐘、校門、二宮金次郎の像、ミシン、鍋、釜などなど…あらゆるものが回収され溶かされて軍需品に生まれ変わりました。
渋谷のアイコンであるハチ公も金属供出され一度は失われましたが、昭和23年に2代目ハチ公が再建され今に至ります。 
下記はの写真は、1944年10月13日に行われたハチ公の出陣式の様子です。

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写真: 毎日新聞 

来年は戦後75年。
2020年東京オリンピックが行われます。
この機会に世界が過去を振り返り、
二度と戦争はしない!
と世界全体が宣誓する記念の年となることを切に願います。

 

2019年7月21日 (日)

謎の工具

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工具が面白くて好きです。
工具は一個一個何かの目的で設計されています。

しかし、古い自転車工具となると何の目的で出来ているのか?つまり「謎の工具」が少なくはありません。
いくつか持っている限られた古い自転車カタログが謎の解明に大変参考になっています。

しかし、カタログに全ての工具が載っている訳ではありません。
以前、謎を解くために、古い自転車の愛好家しげP自転車の日記 に協力して頂き、他の古い自転車愛好家達の力をお借りしたこともあります。
そのお陰で謎の工具について解明することが出来ました。 

この工具もその一つです。
結局、本田スーパーカブ用のブレーキロット回し   ということが分かりました。
昔は「自転車屋」よりも「OO輪業」と掲げ、
リアカー、自転車、原付き、スクーター、バイクにも対応していました。

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この工具は スポーク切り と分かりました。
ホィールを組んだ後の余ったスポーク端を切り取るための工具です。
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先日、「古い自転車専用工具一箱」を手に入れました!!
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やはり、その中には今まで見たことがない工具がありました。
では見てみましょう。

何らかの特殊なペンチの様です. 
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先端をもう少し見て見ましょう。 
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先端の内側はボトルの先のように窪んでいます。
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窪みが何かを挟むように飛び出しているようですが、一体何を?
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考えに考えた末、恐らくタイヤチューブのバルブコアを抜く工具だと思います。
試してみましょう。
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バルブコアと工具先端の窪みの形状が同じ??
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ビンゴ!!
バルブコアをしっかり掴めるように窪みの径がバルブコア下部より僅かに細い。
窪みの上部の径がバルブコアのネジ山径より広くてバルブコアを挟む時にネジ山が潰れないように出来ています。
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バルブキャップネジ山を守りながらバルブコアを掴み楽に抜くことが出来きます。
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バルブコアの虫ゴムは時間が経つとバルブ内にくっついて中々抜くことが出来ない場合もあります。
特に長年風雨に晒された自転車にはバルブコアのくっつき具合が酷い。
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不思議な工具。 
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おそらく手作り工具でしょう。
鍛冶屋ペンチに加工された先端部を取付けられた。
鍛冶屋ペンチ2つの穴は元の支点用。

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どなたかこのような工具を見たことがありましたらご連絡ください。

2019年6月22日 (土)

鈴木商会 (勿体ない主義の教訓)

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先日、「鈴木 金太郎、91歳パンク直し」という興味深い記事を見つけました。

記事内容は、
取材を受けた91歳の自転車屋の店主が、長年の経歴、そして何年もの間に時代と自転車がどのように変わったかを思い出しています。
実に面白い記事です。許可を取れたら、いつか翻訳して海外の方にもぜひ読んで欲しいです!

7年前、つまり2012年に書かれた記事です。
ネット検索で店主のお店「鈴木商会」に辿り着き、2018年1月にお娘さんと一緒に撮られた写真がありました

「80年以上パンク直しの経歴がある方と一度お会い出来たらきっといい勉強になるだろう」と思い、西日暮里まで足を運びました。
現在お店を営んでいる娘さんが迎えてくれましたが、悲しいことにお父さん(店主)は昨年(2018年)6月に他界されたとのこと。
大変ショックでしたが、娘さんがご親切にお父さんのお話と昔のお店の写真を見せて下さり写真も撮らせて下さいました。

店主の年季があり使い込んだ作業台 

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私は、「工具が一時的に体の一部になる」と信じています。
例えばネジを回したり、ナットを固定させたり、ネジ山を切ったりすることは、一時的に体の一部になります。

手工具に手加減を加え作業するからこそ、一時的に身体の延長となるのです。
その手工具を永く使用することによって、使用者の一部が何らかの形で手工具に移ったり、手工具が何らかの形で使用者に移ったりすることがある程度まであるかと思います。
物に魂が宿るか」の記事参照。

店主の作業台を見回ると、案の定どこを見ても「勿体ない主義」の証拠があって嬉しい限りです。
勿体ない主義よりまるで「勿体ない教」でモノを大事にして直しに直して直し切れなくなるまで使用し、もう直し切れなくなったら捨てずにそのモノに尊重及び感謝を示すように別の目的を与えることによって再利用でモノが生まれ変わるのです。

少し例を見てみましょう。

1. 使い古したタイヤチューブを切って、スポークをサイズ・長さによって束ねたりします。
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2. スポークをリング状に曲げてサイズ別のナット・ワッシャーなど整理。

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3. 空ジャー・缶詰・ブリキお菓子箱など小物入れや工具入れとして使用。

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4. 使い古しタイヤチューブを工具に巻いて滑り止めにしたり工具を床に落としたら緩衝材として保護。

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5. 木製の使い古したパンク修理箱を修理して使い続けます。

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6. 自転車部品で自転車修理台及び工具入れ。
修理代の脚をよく注目して下さい。
脚がハンドル2本で出来ています。

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自転車サドルを取り外して自転車を逆さまにして修理台のピラーが自転車シートチューブに差し込みます。
写真はこちらへどうぞ。

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勿体ない主義は、昭和自転車をレストアし始めたきっかけの一つです。
15年前、昭和自転車は5千円~2万円ほどで手に入りました。
当時、少し手を加えるだけで甦らせられるシンプルで頑丈な工芸品を捨てることが信じられませんでした。
しかし、7年前くらいから昭和自転車の相場が変わってきて非常に高価になってきました。

鈴木商会は西日暮里駅から3分。 

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鈴木金太郎さんの娘さんが鈴木商会を引き継いでいました。
娘さんが思い出話をしてくださったり写真を撮らせて下さったりして心から感謝しています。

鈴木金太郎さん、安らかに…。
お会いしたかったです。

2019年5月12日 (日)

令和

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先月平成が終わり、今月から令和。
私は、昭和後期に初来日し、その2年後にアメリカに帰り、平成元年に再来日して現在に至ります。
初来日したころを振り返ってみると、今の日本はだいぶん変わりました。
少し取り上げると…。

当時、ロッドブレーキ自転車がまだ販売されていて、郵便屋さんはオレンジ色ロッドブレーキ自転車で配達していました。  

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Photo courtesy of Postal Museum Japan

和式トイレを初めて見た時は、どのように使うかわからなくてかなり戸惑いました。
洋式の公衆トイレはまだ少なく、棒人間の使用説明が付いていました。

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Photo courtesy of 毎日がレビュー

公衆電話は赤・黄・緑.
テレフォンカードの登場は革命的でした。
Photo Photo courtesy of NTT技術資料館

 

電車改札口で駅員さんが切符をパンチしていました
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Photo courtesy of めくるたび.

500円玉は1982年、私が初来日した年に初登場。その前は紙幣でした。
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Photo courtesy of Wiki 5百円紙幣

職場にはコンピューターはなく、机上には電話、灰皿、2段の未決書・既決書トレー。
(今では考えられませんが昔は机での喫煙が一般的でした。)
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仕事も学校も週6日でした。

自動車はマニュアルが圧倒的に多くてサイドミラーはフェンダー上に付いていました。
Prelude

大きなデパートには屋上遊園地がありました。
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Photo courtesy of Wiki.

消費税がなかったころ!!
古き良き時代だったかもしれませんが、時は歩み続けます。

令和時代が皆さんにとって、健康で幸福と繁栄がありますように。

2019年4月13日 (土)

「スポーク・ベル」ビデオ追加

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前回の「日米富士ベル」記事で、「回転式ベル」のユーチューブリンクを付けました。
そのビデオを見たロッドブレーキ自転車の愛好家H.G.さんから下記のリクエストを頂きました。

「昭和自転車ブログのお陰で古いと言って必ずガラクタと限りません。
古いからこそ眠った宝物の場合が少なくありませんと確信して来ました。
もし、可能であれば簡単でもいいですが以前取り上げたスポークベルのビデオを投稿して頂けますか。」

調べてみたら確かに以前取り上げたスポークベルの記事は2つ(ケーブル式ロッド式)ありますが、どちらもビデオがありませんでした。
H.G.さんからのご依頼通り簡単なスポークベルビデオを撮ることにしました。

スポークベルは実に面白い発想です。
ハンドルに付いているレバー押すことにより、バネ付きクラッパーがスポークに当たりスポーク一本々がバネ付きクラッパーを曲げ離します。  
その結果は機関銃のようなリン・リン・リン・リン・リン・リン~。

H.G.さんへ
ココをクリックするか下記の写真をクルックすることによって再生できます。

Spoke-bell-photo

 

2019年3月17日 (日)

日米富士ベル

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面白いものを見つけました。
それは純正な日米富士 自転車ベルです。

昭和20年代後半~30年代前半の大半の自転車ベルの特徴は、メッキの真鍮製共振器に商標が鋳られています。

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主な自転車製造社は各部品に商標を1個以上仕込まれていましたが、日米富士が特にこだわっていたようです。
「そこまでやるか…」とふと呟くくらい全部品に様々な仕掛けで商標が設計し込まれています。
百聞は一見にしかずなので是非ご自分の目でご確認ください【←クリック】。

ベルの引き金に商標の刻印があります。
ここまでやるか?
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ベルの共振器ベースに注目して下さい。
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有名な日米富士商標の富士山。
数えてみると25座!
共振器を一周している刻印が山脈に見えます。
ここまでやるか?
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一個の自転車ベルに日米富士商標が27個。
現代はここまでやりません。
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現代も似たようなベルがまだ製造されていますが、現代のモデルは共振器が真鍮製かどうか分かりません。

現代では見かけない、これより古く音量が大きい回転式ベル」 というモデルを試聴して下さい。
注意: 試聴する前に音量を下げるようにお勧めします。

より以前の記事一覧