昭和レトロ自転車 (Vintage Bicycles)

2015年3月22日 (日)

自転車組立①

I'll be back with another English post soon until then stay trued and happy wheels.

昭和20年代後半~昭和30年代の自転車組立を少し見てみましょう

以前、「なぜ昭和20年代後半~30年代前半の自転車がいいのか」 で述べたように戦後に、
品質不安定で標準規格がなかったため、昭和24年に日本工業規格(JIS=Japan Industrial Standard)が実施されました。

しかし、JISは自転車工業全体的に普及されるまで10年間(昭和28年~37年)かかりました。
従って、昭和30年代後半に標準規格ができたのみならず、以前手作業だった数多くの工程が自動化されました。
だからこそ、個人的に昭和20年代後半~30年代前半が好きです。
つまり、まだ手仕事部分が多かったからです。

まず、日本は欧米自転車工場と違って、自転車組み立て及び検査が工場ではなく販売店にて行われました。
自転車製造工場は組立部品一式を販売店に輸送し、販売店にて組み立て及び検査をして顧客に完成車を渡しました。
従って、販売店は工場の組み立て・検査最終工程でした。

工場にて自転車部品一式木箱に梱包しました。
普通は一箱に自転車2台でした。

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Pack1

JISは完成車に対して昭和35年ごろに導入し始めました。
昭和33年から導入準備が始まりました。

JISマークが付いている自転車(完成車)を販売するためには、販売店は「組立・検査」の認可を受けなければなりませんでした。

. 
販売店では、木箱を開梱して組立準備として届いた一式部品を検査しました。

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昭和33年 完成車対象のJIS導入説明資料から抜粋

1.
フレーム
2. 泥除け

3. ハンドル
4. セルロイド握り
5. Front rim brake
6. Rear band brake
7. クランクホイール
8.
 ペダル
9. チェーン
 
10.フリーホイール 
11.Front and rear hubs
12. スポーク
13. リム
14. サドル
15. Chain tensioners
16. Cotter pins
17. 荷台
18. Stand
19. チェーンケース
20. 回転ベル
21. ネジ

22.
23. タイヤ
24. チューブ
25. Front fender flap

次回、「自転車組立②」に続く。

2014年10月 4日 (土)

狛江のくらしと自転車の歴史 10月9日(木)~14日(火)

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↓写真をクリックして拡大します。

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「狛江のくらしと自転車の歴史」展示・と講演会

日時: 2014年10月9日(木)~14日(火) 10時~17時 
     11日(土) 14時から、3階多目的ホールにて講演会が開催される予定です。

場所: 泉の森会館
     〒201-0013
     東京都狛江市元和泉1-8-12
    (小田急線狛江駅北口徒歩1分

内容: 自転車が庶民の乗り物になるまでの歴史を、狛江の歴史とともに振り返る展示会   

主催: 泉の森の会

問合せ: 泉の森会館 03-5497-5444

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世界初の自転車「ドライジーネ」、「オーディナリー」、「セーフティ」など展示されます。
工夫に工夫を重ねて自転車の進化が実に面白いです。

個人的に特に好きな昭和20年代後半の日本製自転車も展示されるとのこと。
「謹製」の時代で、工芸品と言っても過言ではないかもしれません。
現代の作りと違う【ビデオ1】    現在の作りと違う【ビデオ2】
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大きなランプ、ロッドブレーキハンドルImg_0565_2

風切黒い3層エナメル塗装金線引きImg_0567_2

バッジ (七宝焼)
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責任保障メダル

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BEタイヤ― (トレッドの文字入り)
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現物を是非見に行ってください。

2013年6月 2日 (日)

Sign of the past

次回この記事に日本語版を投稿します。

It always amazes me that here in modern day Japan, one can still come across a bicycle sitting outside an old Mom & Pop family run shop that is over half a century old. This carrier bicycle obviously bears the battle scars of many years of faithful service and appears to have been recently retired.
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Vintage Japanese bicycle fans will quickly recognize the "Y" in the lamp bracket as the trade mark of the Yamaguchi Bicycle Company.Yamagushi_2

The fender ornament is broken and the paint replaced with a fine patina.
The Yamaguchi Bicycle Co., produced a brand know as "CW", the trade mark is stamped on the front fender.
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The trade mark was casted into the bolts used on the front fork stabilizers.Yamaguchi_3

Amazing, produced over a half century ago, the cloisonne head badge is still in fine condition.
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Even the rear fender stay badge is in excellent shape.
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The workmanship that went into building these wonderful machines is amazing.  Simple and sturdy manufactured back when durability and dependability were more important than eye-appeal.  Truly built-to-last.   

2013年3月 1日 (金)

自転車鑑札

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以前、昭和20年代後半30年代前半「自転車」が非常に貴重で、現代の自動車と同じような地位だったことを何回か取り上げました。
庶民の手が届く唯一の交通手段でしたが、当時2ヶ月分もの給料が掛かりました。
手が届かない人は時間単位で借りていました。
リアカーが付いていた重運搬車・軽運搬車は、町の個人店のトラックの役割でした。
現代の高級車のように自転車は皆 風切が付いていました。
そして、あまり知られていないことですが、当時自転車は課税対象でした。
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戦前にも自転車税がありましたが、戦後に復活し、昭和25年~33年まで自転車税(一台200円)がありました。これは市町村で管理されました。
登録地域によって鑑札(プレート)のデザインが異なりました。
主にリア泥除けに付けられましたが、ハンドルに付けるものもありました。
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この鑑札には、登録番号(三一五)と地方名(北條町)が刻印されていました。
まるで現代の自動車やオートバイのようです。
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ハンドルに付けられた珍しい鑑札を見てみましょう。
このデザインは防犯防止も含まれています。
「1294」の数字に注目して下さい。
数字の中央部分にプレートのようなものがあります。
これをスライドして取り外せるようになっています。
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写真は自転車クエストのご提供
自転車クエスト

プレートをスライドして取り外すと赤い空間になります。
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写真は自転車クエストのご提供 自転車クエスト

意図は、オーナーが目的地に着いたら、鍵を掛けてプレートを外して持って行きます。
用事を済ましたら、プレートを差し込んで鍵を解除します。
万が一、自転車が盗まれたら、 赤い空間で盗まれたことがばれます。
アイデアは悪くはないですが、離れている間にプレートをなくしてしまったら、犯人と間違えられてしまうかもしれません。

愛知県名古屋市の自転車クエスト様のご協力に御礼申し上げます。

珍しい自転車鑑札の写真をお持ちの方、是非写真を送ってください。 showajitensha@hotmail.co.jp

2013年1月 5日 (土)

能澤(ノザワ)製作所 自転車写真

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前回、能澤(ノザワ)製作所の沿革・ヘッドバッヂ・風切りを見ました。
その後、新潟県の古き良き自転車愛好家の「Sさん」がとても良い状態の、ノザワ自転車の写真を送って下さいました。

一目ですぐ分かりますが、昭和30年代の自転車の特徴は多いです。
サスペンション付き革製サドル
風切り
セルロイド製の握り
ヘッドバッヂ・シートチューブバッヂ
チェーンケースバッヂ
BEリム

BEタイヤ

ゴム製(ブロック)ペダル
ロッドブレーキハンドル
フレーム(トップチューブ)カバー

泥除け、フラップ、線引き、等など。

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ノザワ風切り、泥除け先端に社ロゴ刻印、手引きの2本線、お洒落な転写マーク。
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ノザワ社ロゴ刻印の真鍮製バネカバー付きロッドブレーキハンドル。
これは高級社の特徴の一つ。
社ロゴ刻印のメッキ真鍮製ベル。
良く見るとトップチューブにフレームカバー付き、シートチューブに七宝焼バッヂ、ゴム製ブロックべダルに社ロゴ整形されています。
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ヘッドバッヂ七宝焼、メッキクラウンに浮き上がる文字「TOKYO NOZAWA」。 .
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サスペンション付きサドルにノザワ製作所ロゴのスタンプ。
サドルフレームの大きい輪に注目、珍しいデザイン。
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サドルバッヂ、荷台バッヂ、七宝焼泥除けステーバッヂ。
懐かしいマイナスネジ 。
当時のネジの素材はメーカーによってバラツキがありました。
ノザワ製作所のネジが実に優れていて、錆びにくい。
また、手で引かれた2本線に注目。 Ca3g0084
バッヂ付きチェーンケース。
目玉にマイナスネジ。
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メッキBEリムのノザワ製作所の刻印。Ca3g0086

現在の造りと違いますよね。

新潟県の「Sさん」、愛車の写真を送って下さって、ありがとうございました。

古き良き昭和自転車の愛好家達、愛車を見せていただけませんか。
showajitensha@hotmail.co.jo

2012年12月22日 (土)

Nozawa Bicycle Works (Bicycle Photos)

次回、この記事の日本語版を投稿します

In the previous post we took a brief look at Nozawa Bicycle Works.  "S"-san a vintage bicycle enthusiast from Niigata prefecture recently sent in these photos of his vintage Nozawa bicycle.  Certainly is one clean machine. Let's take a closer look.

Has all the characteristics of a bicycle from late 50's:
Sprung leather saddle (Japanese only)
Fender ornament
Celluloid grips
Head badge, seat tube badge,
Chaincase badge,
Chrome BE rims
BE tires
Rubber block pedals (Japanese only)
Rod brake handlebars
Top tube frame cover
full fenders, mud flap, pinstriping etc.

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Note the fender ornament, Nozawa stamp, hand painted dual line pinstriping and ornate transfer.
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Classic rod brake handlebars that have the high-end brass spring protector complete with raised letter Nozawa logo. Also note the chrome plated brass bell with Nozawa logo.  Though hard to see, the top tube sports a Nozawa frame cover, the pedals have the Nozawa logo on the rubber blocks,  and the seat tube has at least one badge.
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Head badge appears to be partially cloisonne, crown is chrome  with "Tokyo Nozawa" raised letter stamping..
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Sprung leather saddle with Nozawa Works stamp.  Note the unique design of the large rings on saddle frame.
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Saddle badge, rear carrier badge and cloisonne fender stay badge.  Note the screws are slotted (minus) screws.  It has been my experience that the quality of materials used for screws varied greatly among the manufacturers. 
Again note the hand painted pinstriping. Ca3g0084

Chaincase badge. Note the slotted screw for the crankwheel cover.
Materials used for screws varied greatly among the manufacturers, but the screws on the Nozawa bicycles are exceptionally good.
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Chrome BE rims stamped with the Nozawa Works logo.Ca3g0086

They don't make them like they used to, that's for sure.

Thanks goes out to "S-san" for sharing photos of his two wheeled buddy.

If you have photos you would like to share send them to: showajitensha@hotmail.co.jp

2012年3月31日 (土)

Why the 1950's (Part 5)

次回、この生地の日本語版を投稿します。

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In this post we continue to examine factors that contributed to making bicycles from the 1950's so unique.  As noted earlier in the series (Part 1) following the war, munition plants were converted to peacetime production.  So precision tooling for parts was in place, but, as noted in (Part 2) it took a decade (1953-63) for industrial standards to fully spread through the entire bicycle industry. This coupled with lack of automation (Part 3) meant that bicycles were still to some degree crafted and largely built by hand.  The influx of companies converted from munitions to bicycle manufacturing (Part 4) meant that talented munition engineers and skill labor force now focused on bicycles and this coupled with demand fueled a highly competitive industry.

Keep in mind that in the 1950's bicycles were the only affordable means of private transportation in Japan.  Bicycles were a necessity costing two months' salary and their status the equivalent of today's automobile.  With fierce competition, manufacturers went to great lengths to prove to the customer that indeed all parts were genuine "brand" parts.  The company name or logo appears on nearly each and every part, often more than once. In fact a manufacturer's name or logo appears over 100 times on a single bicycle. (See Company Logos & Markings (Part 1), (Part 2) , (Part 3) , (Part 4) and (Part 5)  )

It is amazing, the company logo even appears on the heads of the tiny fender stay bolts.  For example, Nichbei Fuji whose logo shown below consists of the sun behind Mt Fuji  and was casted into the tiny 1/4 inch (7mm) fender stay bolt heads.

Nichibei Fuji Logo
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Fender Stay Bolt with Nichibei Fuji logo casted-in.
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2012年3月24日 (土)

なぜ昭和20年代後半~30年代前半の自転車が良いのか第4回

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↓↓↓Click on photo to enlarge↓↓↓)Img_0358_2

前回に引き続き、なぜ昭和20年代後半~30年代前半の自転車が良いのかを見てみましょう。
この連載の (第1回)で取り上げたように、軍需工場は戦後、平和産業に転換されました。
従って、この転換工場は精度が高い工作機械がありましたが、(第2回)に取り上げたように、工業仕様標準化は自転車工業を普及するまで約10年(昭和28年~38年)掛かりました。これと自動化の遅れ (第3回)とを合わせ、自転車作りは主に手で行なわれ、それは工芸品と言っても過言ではありません。 

上記の転換工場の中、自転車製造を行なったのは下記の14社です。

三菱重工津機器
萱場産業岐阜工場
日本金属産業
中西金属
半田金属
不二越鋼材
富士産業太田工場
高砂鉄工
天辻工業
片倉工業
西日本工業
中山太陽堂
大同製鋼
大和紡績

ここで重要なのは、自転車工業に沢山の会社が入ったこと。
工場そのものが転換されたのみならず、それまでに軍用生産していたエンジニアも作業者達も自転車生産中心に変わりました。 
これは戦前、戦時中自転車製造会社、宮田製作、 岡本自転車工業などに大きなプレッシャーを掛けたでしょう。
資本主義のいいところは、競争があればあるほど優れた製品が生み出されます。 

軍需工場から自転車工場に転換した製造会社は、その技術者と職人達で、高い需要と競争の中、実用車の黄金時代を築きました。

2012年3月18日 (日)

Why the 1950's (Part 4)

次回、この記事の日本語版を投稿します。

(↓↓↓Click on photo to enlarge↓↓↓)Img_0358_2

In this post we continue to examine factors that contributed to making bicycles from the 1950's so unique.  As noted earlier in the series (Part 1) following the war, munition plants were converted to peacetime production.  So precision tooling for parts was in place, but, as noted in (Part 2) it took a decade (1953-63) for industrial standards to fully spread through the entire bicycle industry. This coupled with lack of automation (Part 3) meant that bicycles were still to some degree crafted and largely built by hand. 

Those former munition plants which converted to bicycle manufacturing included:

Mitsubishi Heavy Industries (Tsu Machinery Works)
Kayaba Industries (Gifu Works),
Nihon Kinzoku Sangyo
Nakanishi Kinzoku
Handa Kinzoku
Fuji-koshi Kozai,
Fuji Sangyou (Ohta Works)
Takasago Tekko,
Amatsuji Kogyo
Katakura Kogyo
Nishinihon Kogyo
Nayakama Taiyodo
Daido Seiko
Daiwa Boseki.

What is important to note here is the influx of companies into the bicycle industry.  Not only were the plants themselves converted but the engineers and skilled labor force that had formerly been producing munitions were now focusing on bicycles. This placed great pressure on traditional finished bicycle manufacturers which were producing before, during and after the war such as Miyata Seisakusho, Okamoto Bicycle Company and others.  The beauty of capitalism is that "Competition breeds a better product".  And the demand for bicycles at the time coupled with the influx of companies and skilled labor set the stage for a period (1950's) which I refer to as The Golden Age of Utility Bicycles in Japan.

2012年2月12日 (日)

なぜ昭和20年代後半~30年代前半の自転車が良いのか(第2回)

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(↓写真の上をクリック)
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前回の投稿では、
昭和7年の商工省令によって、日本自転車業界に生産統制が始まり、
多くの自転車工場は軍需資材用工場に変わり、、
金属の回収指示で(お寺の鐘・橋の欄干・自転車・ミシン・学校前の金次郎像・子供の玩具まで)が回収され軍用品に生まれ変わったことを書きました。

戦後は、連合国軍占領で経済が混乱し、配給制度もまだ続き、資材不足。
軍需用工場が平和産業(自転車など)に変わり、自転車の需給が高く、
作れば売れるが、標準規格もなく品質は不安定。


昭和24年7月1日に、
「工業標準化法(法律第185号)」が制定され、
7月1日から
日本工業規格(JIS=Japan Industrial Standard)が実施されました。
しかし、自転車工業全体的に普及されるまで年月がかかったのが事実。

昭和28年: リム、スポーク、チェーン
昭和30年:チェーンホイール、クランク、ペダル、フレーホイール、スプロケット 
昭和31年:ブレーク、ハンドル、ハブ
昭和32年:フレーム、フォーク
昭和33年:泥除けフラップ、サドル
昭和35年:完成品

注: このJIS規格は自転車の年式を割り出すために一つの手口になります。P1120953 P1120962

昭和20年代後半に入って実用車黄金時代の条件が揃いました。
連合国軍の占領が終わりつつあり、軍需資材用工場が平和産業工場に変わりました。
需給が高く、自転車は現代の自動車ほど価値があり、
輸入枠緩和により資材が入るようになり、
工業規格(JIS)により品質が高まり、
統制経済から自由経済へ。
自転車工業が全体的によくなり始め、競争が激しくなるにつれ、より良いものが生み出されるようになっていきました。

より以前の記事一覧